意外に知らない ビタミンの話
(2)歴史を動かしたビタミン
白米食の陸軍に脚気の死者
脚気(かっけ)の発症を防ぐビタミンB1がもう少し早く見つかっていたら、日清戦争(1894〜95年)、日露戦争(1904〜05年)に従軍した兵士の多くが重篤な病気から救われ、戦況はかなり変わっていただろう。1910年に見つかったB1は、日本人にとってそれほど重要な栄養素であった。
当時の陸軍省医務局の記録などによると、日清戦争では約20万人が動員され、戦死者は約980人だったのに対し、それをはるかに上回る兵士が脚気で死亡した。日露戦争では延べ100万人規模の動員で戦死者約4万6400人に対し、脚気による死者は約2万7800人に上った。ところが、海軍の場合、日清・日露戦争で脚気による死者はほとんどなかった。
陸軍と海軍の大きな違いは食事にあった。陸軍は、兵士の食事に白米を提供することで人気があった。玄米からB1を含むコメ糠を取り除いてしまう白米は、そればかり食べていると脚気になりやすい。しかし、ドイツで学んだ軍医で作家の森林太郎(鴎外)らは細菌説を主張し、白米食を変えなかった。
一方で、海軍ではパン、麦飯に加えて肉なども出した。英国で医学を学んだ高木兼寛(かねひろ)・海軍軍医総監が中心になって栄養説を採用したもので、脚気がない同国の海軍のバランスがとれた食事を研究したことが功を奏した。
ビタミンについては、大航海時代に船員がかかった血液の病気、壊血(かいけつ)病に効果的なライムジュース(ビタミンC)に含まれるなど経験として知られ、歴史に影響を及ぼしてきた。その知見はビタミン学の確立とともに花開く。
(取材協力・武田薬品工業)























